2022年1月29日

なんやかんや年が明け - Maple forest +

なんやかんやしているうちに、めいぽをやる時間の確保が難しくなり・・・
という、過去何度も繰り返した流れをまたやっています。。笑
11月くらいまでは、イベントの消化でちょこちょこログインできていた気もするのですが。

もはやフレンドの居ないMMOって、気が向いたときに集中してログインして、レベル上げやボスクリアを目指すという意味ではオフゲーに近いですね。

続かないんだよな結局の所・・・
とはいえ、メインキャラは210lvを超えるまで育成し、その他のサブキャラもぼちぼち育成してみたり。

このくらいの距離感がちょうどよいのでしょう。

2021年6月20日

そんなこんなで - Maple forest +

ちょこちょこ?と、休日を中心にめいぽを続けています。
200LV

キャラを作ってから17年の月日を経て、メインキャラが200LVに到達しました。
レベルの上がり方で言うと、昔の100LVくらいなのかなーと思う感じもありますが、それでも昔のカンスト値であり、現在も5次転職という意味で大切なレベルに到達したのは感慨深いです。
その後はメインを205LVまで上げつつ、作ってあったサブキャラ(メルセデス、アラン)をそれぞれメインキャラにリンクスキルを渡せる120超えまで上げました。(アランのリンクスキルはいまいちですが。)
特にアランは今日一日で93から133まで上がって本当に一瞬でしたw
最近はめいぽでYoutube配信をしてる人の配信をよく見ていて、フレンド登録をお願いして本当に久しぶりにオレンジ色のフレンドチャットが流れるのを眺めていますw

前回の記事で話した昔のフレンドとはしばらくメールでやり取りをしてそれきり(PCめいぽは流石に敷居が高いとのことで、メイプルMでINしてるな~ってわかるくらい)になってしまいましたが、お互い元気なようで何よりでした。

めいぽにINしてた理由の一つが面倒な仕事があってストレス発散というのもあったのですが、それが落ち着いたので、めいぽもしつつ取りたい資格の勉強もぼちぼち始めていきたいかな~と思います。

ではでは。

2021年5月16日

再会(?) - Maple forest +

なんと12年ぶりにネトゲ上の友人とメールしたので、その話を。

インターネットの世界で人とコミュニケーションを取って20年位になりますが、昔々、TwitterとかLINEとかDiscordとかなんてものがなかったころ、ゲーム外でクローズドにやり取りするといえば"メッセンジャー"でした。
(オープンにやり取りするといえば、掲示板(こっちも死語か)でした)
↓のアイコンがデフォルトの選択肢にあるMSNメッセンジャーとか、中学生のころ友達とやり取りに使っていたYahooメッセンジャーとかです。


このMSNメッセンジャー、色々あって2013年にはSkypeに統合されたらしく、8年経った今では、メッセンジャーに残った連絡先の移行も出来ないようです。
高校生の時点でほとんどメッセンジャーを使わなくなってしまい連絡先も移行しておらず、SNSでつながっている人もいなかったので、ネット上の友人とは全く連絡が取れなくなってしまった、と思っていました。

んでふと思い出したのは・・・えれな(HNだし書いてもええかな)はメッセンジャー経由でメアド知ってて、メール送ったことあったな・・・?
えれなっていうのは2005年に入った「まったりフレンズ」というめいぽのギルドで知り合った人で、
一緒に狩りしたり、(=元祖経験値アップバフのHSや命中率アップのブレスをかけてもらった)
ボスに連れて行ってもらったり、(=ジャクムの腕もぎや姉御の経験値を吸わせてもらった)
装備を貸してもらって借りた桃マントを俺がオルビス行きの船室で落として見せびらかしていたら拾う前に船が到着して紛失したり、
お世話になったというか、多分ゲーム内時間では一番長く一緒にめいぽを遊んでいたフレンドです。
pokelaboというキャラ名に対し、「ぼけ」というあだ名をつけてくれた人でもあるw
思い出すと俺使えなさすぎてワロタwひっでえなww

色々あってお互いめいぽから離れてしまったのでそれ以来やり取りはなかったのですが、パスクラ説が出たときに一度だけメールで連絡したことがあり、それが残ってました。
なんと12年ぶりで、お互いよくこのメアド残ってたねーと言いつつ当時の話をして、スマホのめいぽでフレンドになりました。
スマホのメイプルMが出たときに当時のフレンドと再会するためのサイトもできたんですね。ほんの数人ですが閲覧履歴のある人も居て嬉しかったなぁ・・・
ちなみに、キャラ名で検索すると公式サイトでレベルや装備も確認できるので、ほぼ素っ裸とかキャラ作成直後みたいな人はキャラデリとかパスクラでやめちゃったのかなーとか、意外な人が思っていたより高いレベルまで頑張ってたりとか、けっこう面白い。
前回とか色々なところで書いてますが、ネトゲの友人って縁が切れると、本当に実在する人なの??ってくらい全く様子がわからなくなってしまうので、昨日の出来事は昔を思い出せて嬉しい出来事でした。

あ、スマホのめいぽでキャラ名は「ぽけらぼ」なので、流れ着いた昔のフレンドはぜひフレンド申請おくってください!

昔のようなゆるいブログの書き方を忘れてしまったぼけらぼでした。笑
(えれなにメールするときも妙に緊張してくっそ堅い文章を送ってしまった)
ではでは。

2021年5月 8日

どちゃくそ久々にめいぽやってます - Maple forest +

どうもです。
就職してから1年と少し経ちました。
仕事はぼちぼちといったところで、ままならないことも多くありますが、自分なりに頑張っております。

さて今日はウルトラスーパー話は変わりますが、ほんの少しだけ時間が取れるようになり、久々にめいぽをインストールしてみました。
まあ、今の人にめいぽと呼ぶ人がどのくらい居るのかは分かりませんが・・・

最後にINしたのがいつだったのか記憶が曖昧(2017年ごろ?)なのですが、少なくとも、きちんとクエストやら狩りやらしたのは、ちょうど10年前、大学一回生のころで間違いなさそうです。

そんなこんなで、6年前に買ったデスクトップPC(え?もうそんな古いPCかこれ・・・)にめいぽを久々にインストールしました。
いつだったか、30→70→120だった転職が30→60→100になりまして、メインのクルセが転職できることはわかっていたので


Maple_A_210411_130928.jpg

四次転職へ(これが4/12の出来事)。十年経ったのにゲームUIが殆ど変わってないってのは、感慨深いですね。
もういいやーと思ったきっかけの1つが、四次スキルのスキルブック(特に、パラディンで必須なアドバンスドチャージ)が到底倒せないボスからしかドロップしない、というのがあったんですが、いつの間にやら普通にスキルは覚えられて、MAXレベルをクエストで入手orNPCからメルで購入のマスタリーブックで上げる方式に変わったんですね。だいぶ楽でした。
その後は、いつの間にやら実装されたストーリー系のクエストを中心に消化して、狩りもして、Wikiも参照して・・・
Maple_A_210508_143931.jpg

1ヶ月ほどでLv187まで来ました。
おいおい上がりやすすぎるだろ・・・という気持ちはありますね笑
ずっと手が届かなかったジャクム、ホーンテイルあたりをソロで狩れるようになり、多分今やってる人からしたら大した嬉しさではないと思うんですが、嬉しかった!ホーンテイルのネックレスも自力ドロップしたし。

まあ、なにか忙しくなるきっかけがあるとまたできなくなると思うので、今は合間合間に楽しんでいこうと思います。

Youtubeとか見ると、結構めいぽ古参勢のチャンネルあるんですね。
僕にとってめいぽで思い出されるのは迷惑をたくさんかけたフレンドの皆さんです。
ネトゲは良くも悪くもゲーム内の繋がりがなくなるとどうなったか把握できないから、フレンドの人々が今もめいぽとは関係ない世界で楽しくやってるんだろうなーと思うしか無いのがちょっと寂しいですね。
思えば当時小学生~中学生だった自分がこんな年になってしまったのだから、他の人はもう子育て真っ盛りだったり、他の趣味を見つけたりしてるんだろうな。
僕も、野球観戦とかウイスキーとか、もう少し一般的?な趣味が増えました。笑

では、まためいぽにも限らず近況報告します。

めいぽ再開にあたって10年前のブログ記事を漁ってたら、残しておいてよかったなと思う記事がたくさんありました。
日記を書く人って居ますが、ブログもいいですね。

2020年6月 2日

色々、本当に色々ありまして - Maple forest +

最後にここを更新した2018年6月から本当に色々なことを経験しました。結局の所、大学には残らないことにしました。

「残らないことにした」「残れなかった(諦めた、ドロップアウトした)」・・・どちらなのか、という話になりがちです。
多分、「残る」という言葉でどこか上から目線で大学人が語っている分野はこれから先厳しいんだろうなと思います。
同じ学問(僕の場合は化学)を見ているのにも関わらず、立場で色眼鏡をかけているということですから。
大学側の人から、なぜ残らないんだというある意味で優しくある意味で厳しい発言を食らったことも事実です。
でもそんな誰にでも合う環境って、無いだろうよと思うのです。

留学先で出会ったとある学生は、本当に優秀で後輩思いなのに、「え?会社に就職するよ?」と当然のように言いました。
今思えば全く傲慢の極致ですが、僕は自分は大学教員になって多くの人材を育てないといけないんだ、それが使命なんだ、そんなふうに思っていました。
どこにいたって、研究者は研究者。役に立てる場所はたくさんあるし、大学にこだわる必要はない。そう教えてくれた彼には感謝しています。
留学から帰ってきてからは、本当にフラットに色々な進路を考えることが出来るようになったと感じていました。

研究は好きだけれど、大学は僕には合わないな。そういう感情が芽生えてからは、むしろ大学に残ることが将来の学生に失礼だと思うようになりました。ただこれは難しい問題で、別に学生もそこまで考えてはいなくて、無難に卒業して学位を取らせてくれればそれでいいと思っているのでは?という疑問もありました。(これは多分に偏見が入っていますが、僕が接した学生がそういうきらいがあったということでご容赦ください)
そういう消極的な理由ではなくて、自分に合いそうな(そして二ヶ月過ごしてみて合っている)進路を見つけられたのは幸運だったと思います。無論、ままならないこともたくさんありますが・・・
「あいつは残らなかった、逃げた」・・・言われても上等。十年後見てろよ。そう思っています。

一度決めたらもうほかの進路を取れないと思われていることも、なんだかなぁと思います。ただ、柔軟な進路の重要性を説くような流れにしておいてあれですが、僕自身について言えば、アカデミアに戻る選択肢を取ることは無いでしょう。
それくらいなら、他の会社に活路を求めるとか、お役所で科学技術行政を好転させることを焼け石に水ながら試みるとか、やってみたいことはまだまだいくつもあります。
進路を決めるタイミングになったときの僕には、こちらが魅力的に映った。ただそれだけのことです。
今、素直な気持ちとしては、研究者(≒博士卒)が大学とか研究所とか企業とか色々な場所で必要とされる世の中になってほしいと切に願っています。

大学に入った直後、このブログには「研究者を志している」と書きました。
当時の自分にとってそれは大学教員だったと思うので、それと厳密には違いますが、博士号という運転免許を持って研究者としての歩みを始めました。
自らの生み出す成果、そしてキャリアパス自体も世のため人のためとなるよう、頑張っていきたいと思います。

16年前、ただのネトゲ日記を書いていたヤツの発言とは思えませんね笑
最近は、HoI4をちょこちょこプレイして夜を溶かしたりしているので、本質は変わりません汗

2018年6月 7日

最後?の進路選択 - Maple forest +

例のごとく、お久しぶりです。

前回の更新はアメリカからでしたが、またたくまに三ヶ月の留学が終わり、日本での普段どおりの研究生活に戻りました。
留学ではMLBを観たり伝説のポケモンをゲットしたりステーキを食べたりと自由に過ごしました......もちろんメインは研究ですよ!
日本で学位を取るまでにアメリカで手伝った研究が論文として形になればいいなぁ、といったところです。

さてタイトルの話は何かと言うと、早いもので僕も博士課程の二年目になり、そろそろ卒業後の進路を考える時期になりました。
場合によっては博士課程は三年で出られないこともあるのですが、そこらへんは大丈夫なくらいの研究をしてきた......はずです。笑

僕は大学に入った当初はアカデミックキャリア(大学教員)を将来の進路として志していたのですが、実際に研究の現場に入ってみると色々と問題点やしがらみも見えてくるわけでありまして、バラ色の環境なんてないんだなぁと思う日々です。
一方で企業に就職した同期もそれはそれで大変そうにしているわけで、企業に行けば問題が解決するというわけではないでしょう。

最近大学改革が叫ばれたり、研究者の不正が問題になったりしているので、おそらく当分の間(我々の世代が研究の世界で「若手」と呼ばれる35歳になるくらいまで)はアカデミックの世界も激動していくと思います。
個人的に一番問題だと思っているのは大学全入時代で、理系では修士課程全入時代になりつつあります。問題点は研究に興味がない学生が就職のために大学院に行く状況が生まれることです。大学が研究の場でなくなれば、サイエンスが発展していくこともノーベル賞を始め国際的に評価された研究者が生まれる望みも当然なくなります。
非常に優秀で仕事も早い教員の方々の時間が、lose-loseでしかない学生とのやり取りに費やされるのはなんとも言えない気分です。研究をやれと言われて嫌々ながらやれと言われたことだけをやる学生としても、学部卒で就職したほうが幸せだと思うのだが......

この問題意識はあまり現在の教員の方々は持っていないみたいなので、もしかすると僕がズレているのかもしれません。であれば、企業で活躍する博士人材という道もありなのかなぁと思うのです。ただ、自分の好きに色々なことをできるようになる年齢は研究室の長となった大学教員のほうが間違いなく若いわけで、それは大きな魅力です。

ここに関しては、しばらく悩み続けることになるのかなぁと思います。

2017年8月 3日

アメリカに居ます - Maple forest +

以下のような記事を書いてたのですが。

どーも挙動がおかしいな?と思ったら、Movable Typeの管理画面からブログではなくウェブサイトの方に投稿してた模様。
学振の報告も書いたまま行方不明の記事になってました。

日付けからすると、この直後一気に学会とかで忙しくなってしまったので、公開できているかもよく確認していなかったのでしょう......

書き直すのも面倒なので以下はそのままにしておきます。

---

いつまでも学振どうこうの話を書いてるのもどうかと思って、更新のために管理画面を開こうとしたら"403 Forbidden"。
何かの手違いでXREAから凍結されたか!?と滅茶苦茶焦りました。

原因は、アメリカからアクセスしてるからだったみたいです。

そう。僕、今アメリカに居ます。

毎度のごとくダイジェストになりますが、
去年の5月中旬にブログを更新したのはちょうど学振の申請書が佳境に入ってきたころです。馴染みのない方は、就活の本命のESが非常に重たくて、それを書いているところだったと思ってもらうのが良いかもしれません。

それから数ヶ月後、10月に採用内定をもらうことが出来ました。
そこから修士論文の発表まではよく覚えていないくらい必死でした。

今は、月20万円もらいながら博士課程学生をやっています。
そして、機会をもらって現在はアメリカに留学中というわけです。

気づけば京都にも7年目。あっという間でした。
今読み返してみるとこのブログも案外役に立ちますね。
高校時代の自分が何考えてたとか思い出せる。

色々有りましたし、ままならないことも多いですが、まだ自分の未来にワクワクしています。それが良いことなのでしょう。とりあえず、まずは留学から無事帰国できるように気をつけつつ頑張りますといったところです。

2016年11月11日

学振 - Maple forest +

報告が遅くなりましたが、学振、通りました。

来年から、月20万円もらいながら研究ができます。

最初にブログを(はてなblogで)始めてからもう12年。あるいは、まだ12年。

思えば遠くへ来たものだ、という感じです。

特に、大学入ってから。さらには、研究室入ってから。

ブログを始めたきっかけでもあっためいぽについては、
四次転職のレベルが引き下がって、実は1stのキャラはもう四次転職できるとか、情報だけはぽつぽつ入ってきたり、
半年に一回クライアントを再インスコする羽目になりながらログインしてみたりするものの、
もはやネトゲをやる時間も気力もなく、という感じです。

最近、大学入った時のノートPCからデスクトップに買い替え、
グラボも載せてるので、めいぽくらいぬるぬる動くのだろうけども。

最近、学会へ行くときは、近辺に住んでいる知り合いに声をかけて久々に会うようにしています。

あのころネットでかかわった人は、今どうしてるのかなって。
わかるはずもないんだろうけど。

今は、人生をかけて化学を究めようとする助走期間といったところです。

2016年5月14日

思ったこと - Maple forest +

気が向いたので、つれづれなるままに。
何度も書いてますが、学振というものがあります。
正式名称は「日本学術振興会特別研究員」。
博士課程に進む学生を支援して、優秀な若手を育てる制度です。
(果たして十分に支援しているのかは批判も多くありますが、
そのへんのデリケートな話題はここでは割愛します。笑)
この選考ではこれまでの研究状況についての申請書を提出し、
どこぞの大学の先生に審査してもらうという制度になっています。
採用者のうち多くは書類のみで採用内定となり、
ボーダーに近い人は面接(研究のプレゼン)も追加で行われます。
個人的には(いろいろな余計な事情も絡んで)
人生の掛かった紙切れ一枚(正確には6ページとか)です。
事ここに至って思うのは、国語って大事なんだなってことです。
書いてることはほとんどESと同じですから、
就活生も同じことを思ったりするんでしょうかね。
主語と述語が遠すぎるとか、一文が長すぎるとか、
散々な答案を直してもらった経験は、糧になっています。
ネットを探せば、これらは気をつけるポイントとしてありますが、
なんというか体に染み付けるのは大事なことだと思います。
話は変わりますが、最近とある教授に言われてつくづく思うのは、
基礎的な数学や物理を知らないと、
化学者も研究の幅が狭まるということです。
なんだかんだと教訓めいたものを書いてみたものの、
こういうことって、抜き差しならない状況で気づくんですよね。
もう抜き差しならなくなった者の戯れ言としてここはひとつ。
僕自身は諦めてるわけでも何でもなくて、
学振の申請書は全身全霊をかけて書きますし、
勉強もまだまだするつもりです。
ゲームばっかりしてた中学時代、飲んでばかりの大学時代への後悔は全くないのですが、
こういうことって早めに誰かが教えたほうがいいんじゃないですかね。
だから企業にも学生の基礎学力が足りないとか言われるわけで......
自分については言い訳せずにしっかり力を付けたいと思います!

2016年4月28日

4月 - Maple forest +

4月も下旬ですが、ついに京都生活6年目に入りました。

いや、自分でも驚いているのですが。。。

特に4回生で研究室に入ってからは本当にあっという間でした。
毎日同じような生活を繰り返しているからそう感じるんですかね。

今にして思えば、高校生の時は、大学生活のことなんて何もイメージできてませんでしたね笑
んで同じように、大学3回生までの自分には研究室での生活は想像もつかなかった。
そして今、博士課程の生活はイメージ出来ない、という。

まあ、今を頑張るしか無いということでしょう。
とりあえず最近は、学振の申請書を書いてます。

学振というのは国から採用された特別研究員の俗称で、
月20万円の給与みたいなものがもらえるやつです。

それで生活できるのかはさておき、奨学金と比べたら大きな額ですし
大学に残ろうとするにあたっては、すごく大きな箔になるのでね。

頑張ります。ではでは。

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